ネルケ無方の処方箋

VOL.10 誓うこと

  1975年、安泰寺の6代目の住職だった内山興正老師が引退の際、弟子たちに7つのお言葉を残しました。

1 人情・世情ではなく仏法のために仏法を学し、仏法のために仏法を修すべきこと。
2 坐禅こそ本尊であり正師である。
3 坐禅は具体的に「得はマヨイ、損はサトリ」を実行し、二行(懺悔行、誓願行)、三心(喜心、老心、大心)として生活の中に働く坐禅でなければならない。
4 誓願を我が生命とし深くその根を養うこと。
5 向上するのも堕落するのも自分持ちであることを自覚して修行向上に励むこと。
6 黙って10年坐ること、さらに10年坐ること、その上10年坐ること。
7 真面目な修行者達が悩まないでいいような修行道場であることを願って互いに協力すべきこと。

  まったく無駄のないこのお言葉に私などが注釈を付けるとかえって分かりにくくなってしまうかもしれません。それでもいくつかのご説明を試みたいと思います。
  世間的な価値観も、自分の思いも、いっさい手放すというのが仏道の出発点です。次に大事なことは、正しい師匠につくことです。「正師というのはこの自己より外にいる他人ではなくして、まさに『自己が自己する坐禅』以外にはないのです。思い手放しの坐禅を事実修行する中にこそあります」と晩年の内山老師が提唱します。「とにかく良し悪しは言わず黙って10年は坐りましょう。10年経ったらあと10年坐りぬき、20年経ったら、さらにあと10年。こうして30年坐りぬくなら、大体一応、坐禅の隅々の風景、人生の風景も一目に見られるようになるでしょう」と。若い頃にこの「とにかく30年」というお話を聞いたとき、眩暈がしたのを今も鮮明に覚えています。そんなことは無理だろう!それから30年以上がたちましたが、いまだに人生の風景を一目に見られようになった自信はどこにもありません。うまく騙されてしまったようです。

  「得はマヨイ、損はサトリ」とは内山老師の師匠だった澤木興道老師のお言葉ですが、それは全てを手放したその時に初めて天地いっぱいの命に生かされていることへの気づきです。修行時代に「坐禅しても何にもならん!」と耳にタコができるほど言われたのもそのためです。三心とは自分を手放した時に感じる喜びと、親が子に対する慈しみと、海のような包容力のことです。内山老師それと並んで「懺悔」と「誓願」という坐禅の両柱に言及し、続けて誓願を「我が生命」とまで言われています。
  禅宗の基本的な誓願として、「四弘誓願」があります。

1 衆生無辺誓願度(生きとし生けるものを救うこと)
2 煩悩無尽誓願断(あらゆる煩悩を手放すこと)
3 法門無量誓願学(一日24時間の生活全てを修行として行うこと)
4 仏道無上誓願成(終わりのない仏道を、今ここ歩むこと)

  この素敵な菩薩の誓いを修行時代から何度も何度も唱えてきました。しかし、どうでしょうか。お釈迦様はともかく、しょうもないこの凡夫の私がこの誓願を果たせるはずはないのではないか!?一人か二人の人間くらい、救えるかもしれない。タバコや酒を止めることなら、頑張ってできるかもしれない。毎日、決まった時間に30分ほど坐禅をするのも、無理ではないだろう。しかし「無辺、無尽、無量、無上」の前で、有限な私は平伏すしかないのではないか!

  真剣に仏道と向き合えばこそ、誰だってそう思うでしょう。そして、そう思わざるを得ないからこそ、果たせるはずのないこの誓願をあえて我が誓願として、仏菩薩の側からこの凡夫が「我が生命」としていただくのです。懺悔の心を呼び起こすためにこそ、菩薩の誓願を共有させていただくのです。

  道元禅師のこの二つの和歌の中にも、そのようなお気持ちが現れている気がいたします。

おろかなるわれは仏にならずとも衆生を渡す僧の身なれば
草の庵にねてもさめても申す事 南無釈迦牟尼仏憐み給へ

  一つは凡夫である自分を自覚しつつ、菩薩の誓願を我が生命とし深くその根を養うこと。もう一つは、その誓願に照らされて反省すること。この二つは私の日々の実践の「朝の誓願」と「夜の懺悔」です。

  騙されてしまったかもしれないとはいえ、私はこの30余年の仏道修行には何の後悔もありません。後悔はないのですが、誓願と懺悔の心だけは忘れないようにしたいと思います。

ネルケ無方

安泰寺前住職。1968 年のドイツに生まれ、16 才のときに高校のサークルで坐禅と出合う。将来禅僧になることを夢見て、大学で哲学と日本学を専攻、在学中に1年間日本に留学する。安泰寺に上山し、半年間の修行体験を得る。帰国後に大学を修士課程で卒業し、再び安泰寺に入門。八代目の住職、宮浦信雄老師の弟子となる。33才のときに、独立した禅道場を開くために下山。
2001年、大阪城公園で「流転会」と称してホームレス雲水生活を開始するが、6ヶ月後に師匠の訃報を聞き、テントをたたんで山に戻って安泰寺の九代目住職となる。 2020年に引退し、今は大阪を拠点に坐禅会や講演活動を行なっている。

ネルケ無方先生