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「仏教聖典」は、仏教思想を現代の人々に伝えるため、数多くの根本経典から重要な文章を抜き出して、わかりやすく編纂したものです。
結婚して20年、子宝に恵まれなかった摩耶夫人(まやぶにん)は、ある夜、白象が天から降(くだ)ってきて胎内に入る夢を見ました。子供を宿すということは、人間としての出発点ですし、人間のはからいを超えたものですから、その因縁の不思議さを象徴しているのです。
里帰りの途中、ルンビニーの花園で休まれた摩耶夫人は、美しいアショーカの一枝を折りとろうとした瞬間、一人の王子を生みました。生まれたばかりの赤ちゃんが、将来にどんな可能性をも秘めていることを、“天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)”という言葉によって表現しているのです。
幼くして母を失い、王子としてのぜいたくな生活にも心からは喜べなかったシッダールタは、29才のある日白馬に乗り、一人の従者をつれ、人間として生きている本当の意味を探し求めるために、ひそかに城をぬけ出しました。
6年間のはげしい苦行の末、心身ともに疲れ切ったシッダールタは、一人の貧しい村娘の捧げる一椀の乳がゆを受けました。そして“過ぎたるは及ばざるが如し”という諺のように、極端に肉体を苦しめるだけが正しい道ではないことに気がつき、やがて“中道(ちゅうどう)”をさとられたのです。
後に菩提樹とよばれるようになった一本の大木の下で静かに瞑想に入ったシッダールタは、さまざまな悪魔の誘惑や、自分の心の中の欲望に打ち克って、とうとう真実の道を発見して仏陀(ぶっだ)となられたのです。数多くの苦難を打ち破って、ブッダガヤとよばれる場所で仏となられたその姿には、私たちの心にひびく何ものかがあります。
仏陀となったシッダールタは、しばらくさとりの内容を心で味わわれた後、サルナートという近くの村で修行していた、もとの同行者(どうぎょうしゃ)五人に、はじめて自分の自覚した教えを説かれたのです。その後45年間にわたる説法の、それは最初だったのです。相手の立場を十分考慮した上で説かれたその教えは、どんな人にも安らぎを与えたのです。
生まれたものは必ず死ななければならない――45年間もの長い間、数多くの人びとに教えを説き続けてこられた釈尊も、自ら説いた“諸行無常”の教えの通り、たくさんの弟子や信者の涙の中に、クシナガラで80歳の生涯をとじられました。
人間が生きていることは、結局何かを求めていることにほかならない。しかし、この求めることについては、誤ったものを求めることと、正しいものを求めることの二つがある。誤ったものを求めることというのは、自分が老いと病と死とを免れることを得ない者でありながら、老いず病まず死なないことを求めていることである。 正しいものを求めることというのは、この誤りをさとって、老いと病...
信こそはまことに人の善き伴侶であり、この世の旅路の糧であり、この上ない富である。
信は仏の教えを受けて、あらゆる功徳を受けとる清らかな手である。 信は火である。人びとの心の汚れを焼き清め、同じ道に入らせ、その上...
例えば、人が恐ろしい毒矢に射られたとする。親戚や友人が集まり、急いで医者を呼び毒矢を抜いて、毒の手当てをしようとする。 ところがそのとき、その人が、 「しばらく矢を抜くのを待て。だれがこの矢を射たのか、それを知りたい。男か、女か、どんな家のものか、また弓は何であったか、大弓か小弓か、木の弓か竹の弓か...
それでは、人びとの憂い、悲しみ、苦しみ、もだえは、どうして起こるのか。つまりそれは、人に執着(しゅうじゃく)があるからである。 富に執着し、名誉利欲に執着し、悦楽に執着し、自分自身に執着する。この執着から苦しみ悩みが生まれる。 初めから、この世界にはいろいろの災いがあり、そのうえ、老いと病と死とを避け...
施した後で悔いたり、施して誇りがましく思うのは、最上の施しではない。施して喜び、施した自分と、施しを受けた人と、施した物と、この三つをともに忘れるのが最上の施しである。
家庭は心と心がもっとも近く触れあって住むところであるから、むつみあえば花園のように美しいが、もし心と心の調和を失うと、激しい波風を起こして、破滅をもたらすものである。 この場合、他人のことは言わず、まず自ら自分の心を守ってふむべき道を正しくふんでいなければならない。
社会とは、そこにまことの智慧が輝いて、互いに知りあい信じあって、和合する団体のことである。 まことに、和合が社会や団体の生命であり、また真の意味である。
「世界の平和は人間の完成によってのみ得られる。人間の完成を目指す宗教に仏教 がある」
仏教を学ぶための本
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