発願者沼田惠範
財団法人 仏教伝道協会 発願者 沼田惠範について

- 発願者 沼田惠範
仏教伝道協会のことを語るには、先ず一人の実業家・沼田惠範氏(株式会社ミツトヨ創業者 1897~1994)のことを語らなければならない。
彼は、去る昭和9年(1934)に現在の事業を始めたとき以来、事業の繁栄は天・地・人により、また人間の完成は智慧と慈悲と勇気の三つが整ってのみできるものであるとして、技術の開発と心の開発をめざして会社を設立した。
世界の平和は人間の完成によってのみ得られる。人間の完成を目指す宗教に仏教がある。
彼は半世紀をこえる会社経営のかたわら、仏教伝道のために仏教音楽の普及と現代化を志し、仏教聖画や仏教聖典の普及に努めてきたが、昭和40年(1965)12月、これら一切の仏教伝道事業を組織化し、これを世界平和の一助とするために私財を寄進した。
発願者 沼田惠範略歴
| 明治30年(1897) | 広島県東広島市志和町 浄土真宗本願寺派浄蓮寺 第16世沼田惠生師の三男として生まれる 幼時より篤信の母より深い感化と受け、伝道を志す |
|---|---|
| 大正5年(1916) | 浄土真宗本願寺派よりアメリカ開教使補に推され渡米する |
| 大正14年(1925) | 仏教をアメリカに伝えるため英文雑誌「ザ・パシフィック・ワールド」を発刊し 全米に寄贈。後、資金難により休刊。伝道のため経済的基盤の確立を決意。 後、統計学と景気変動学のマスター学位を取得。 |
| 昭和3年(1928) | 米国カリフォルニア大学大学院修了 |
| 昭和5年(1930) | 内閣資源局統計官を拝命 |
| 昭和9年(1934) | 仏教伝道のため起業を志し、マイクロメータの国産化を目指して 試作・研究を重ね、三豊製作所を創業 |
| 昭和13年(1938) | 三豊製作所を株式組織に変更し代表取締役に就任 |
| 昭和34年(1959) | 学校法人武蔵野女子学院理事に就任 |
| 昭和36年(1961) | 藍綬褒章を受章 |
| 昭和38年(1963) | 日本計量器工業連合会常務理事に就任 |
| 昭和40年(1965) | 財団法人仏教伝道協会を発願設立、 理事に就任 |
| 昭和42年(1967) | 勲四等旭日小綬章を叙勲 |
| 昭和43年(1968) | 株式会社三豊製作所会長に就任 |
| 昭和44年(1969) | 日本精密測定機器工業会理事長に就任 |
| 昭和52年(1977) | 浄土真宗本願寺派教学助成財団名誉総裁賞(大谷光照門主猊下)を受賞 |
| 昭和60年(1985) | 株式会社三豊製作所取締役相談役に就任 |
| 昭和62年(1987) | 東広島市名誉市民章を受章 (株)三豊製作所と三豊商事(株)を合併し、株式会社ミツトヨに社名変更 |
| 昭和63年(1988) | ハワイ大学名誉人道学博士号の学位を授与される |
| 平成3年(1991) | 龍谷大学名誉文学博士号の学位を授与させる 計量関係特別功労者として表彰を受ける |
| 平成6年(1994) | 5月5日逝去(享年97歳) |






