輝け!お寺の掲示板大賞2019 受賞作品発表!

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仏教伝道協会大賞

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。
受賞者松崎智海(非売品僧侶)@浄土真宗本願寺派♪永明寺住職 @matsuzakichikai
撮影寺院永明寺(浄土真宗本願寺派・福岡県北九州市)

[講評]松本人志さんによる話題になったツイート「後輩芸人達は不安よな 松本動きます」をもじったものであり、今回の投稿作品の中で最大の反響を呼びました。衆生の身を案じた阿弥陀仏の様子が伝わってくる一作です。

仏教伝道協会本賞 中外日報賞 仏教タイムス賞
彼岸寺賞 フリースタイルな僧侶たち賞 まいてら賞
お寺の窓口賞 寺子屋ブッダ賞 笑い飯哲夫賞

蓮

仏教伝道協会本賞

お釈迦様を嫌いな人もいた
「誰にも嫌われたくない」
なんて思わなくていい

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。
受賞者
仏教名言案内 原宿日蓮宗妙円寺@renkouzan
撮影寺院
妙円寺(日蓮宗・東京都渋谷区)

[講評]この言葉を読んで、涙が出たという反応が数多く寄せられました。人間関係に悩む多くの人々に読んで頂きたい一作です。

中外日報賞

愚かな愚かな私です
それさえ知らぬ私です

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。
受賞者
新宿空手クラブ @219karate
撮影寺院
宗念寺(真宗大谷派・東京都葛飾区)

[講評]自分のことは自分が一番知っていると思いがち。でも実は何も分かっていない。自分の愚かさを知れば、他人の気持ちも分かるようになる。

仏教タイムス賞

また失敗
また々失敗
だからなに!

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。
受賞者
眞野賢一 @mskeibimanoken
撮影寺院
円成寺(臨済宗妙心寺派・島根県松江市)

[講評]「失敗は成功のもと」ということわざがあるように、多くの偉人は失敗を糧として、大成した。そこで大切なのがチャレンジ(挑戦)である。チャレンジなしに成功も失敗もない。標語は人類へのエールと受け止めたい。

彼岸寺賞

ほんとうのいちばん深い闇は
わかっている
という思いです

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。
受賞者
新宿空手クラブ @219karate
撮影寺院
蓮光寺(真宗大谷派・東京都葛飾区)

[講評]ドキリ。この言葉に出会ってそう感じた人も少なくないのではないでしょうか。「無明」と呼ばれる私の中に渦巻く心の闇が実に端的に表現されています。自分の在り方をパッと振り返らせる。これぞお寺の掲示板の「妙」ですね。

フリースタイルな僧侶たち賞

人の道は心にあり
心は行ないにあり

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。
受賞者
la source de vie @1947_2016
撮影寺院
願行寺(浄土宗・東京都文京区)

[講評]私は真言宗の僧侶ですが、空海様も同じような言葉を残されています。フリースタイルな僧侶たちで宗派を超え活動するときにも思うのですが、「すべての道はローマに通ず」大切にしていることが同じであることは大変心強い!そんな再確認をいただけた掲示板でした。

まいてら賞

ボーッと生きてもいいんだよ

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。
受賞者
のりたま@tamakony
撮影寺院
恩栄寺(浄土真宗本願寺派・石川県加賀市)

[講評]変化の速い時代だからこそ、お寺にはこんな言葉をかけてもらいたいと、みんな思っているのではないでしょうか。思わず、お寺の縁側に座って、ボーっとしてみたくなる言葉でした。

お寺の窓口賞

私
受賞者
chokakuji
撮影寺院
超覚寺(真宗大谷派・広島県広島市)

[講評]2つの意味があると感じました。1つ目は悉有仏性を一文字で現していて、仏語をしらなくても、直感的に理解できる。2つ目は私の中に仏性があるという意味ではなく、仏様はいつでも寄り添ってくれている。1文字の中に2つの意味が感じられ、仏教が更に身近に感じられる掲示板だと感じました。

寺子屋ブッダ賞

隣のレジは、早い。

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。
受賞者
千皐 @yasmi_kure
撮影寺院
延立寺(浄土真宗本願寺派・東京都八王子市)

[講評]日常に潜む苦(思い通りにならなさ)を、パロディーの手法で見事に表現している作品ですね。こうやって、我々はいつも自分の心の中で苦を生産しているんだなと、レジの情景を思い描きながら心底実感させていただきました。

笑い飯哲夫賞

きみが本当に正しいと思うなら
叫ばなくて良い

衆生は不安よな。阿弥陀動きます。
受賞者
鳳林寺 @holyji
撮影寺院
鳳林寺(曹洞宗・静岡県静岡市)

[講評]いつも自分が正しく相手が間違っていると、あらゆる場面で相手にへつらったり軽んじたりするとお互いに傷つけ合う現代社会。
正しい教えを聞いて執着を離れるとき、善悪正邪を超えた安らぎが訪れます。はじめから叫ぶ必要はなかったんだと。

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