第5回「一日一訓カレンダーフォトコンテスト」―ほとけの心―

2020年用「一日一訓カレンダー」(2019年6月刊行)に掲載する写真を公募します。

今年5回目となるフォトコンテストですが、過去の入選作品は、築地本願寺(東京)や世界遺産 平等院(京都)で展示され、多くの方にご覧いただきました。

このカレンダーは日めくりとして仏教にちなんだ31の文言と写真により構成され、全国の寺院、海外を含め、毎年15万部以上を頒布し、好評を得ています。仏典のことばや各宗祖のことばを各人が味わい、写真として表現していく中で、自然と仏教に親しみや関心を持っていただければ幸いです。どなたでも応募可能ですので、是非ご参加ください。応募票はこちら

スケジュール

2018年1月 公募を開始
2018年8月31日 (必着)公募締め切り
2018年9月 審査会
2018年10月 入選報告
2018年11月 入選作品発表(当協会ホームページにて)
2019年6月 「2020年用カレンダー」を刊行予定
応募資格

どなたでもご参加いただけます。制限はございません。

応募規定

テーマ

◆2020年用『一日一訓カレンダー』の各文言にあう写真 ※カラー/単写真のみ/横位置
一人3点まで

◆表紙採用:テーマ「正しい心の統一―正定」※カラー/単写真のみ/縦位置
一人1点まで

題材

自然風景、動・植物や花等のネイチャーフォト、工芸品などの静物。抽象写真。
※人物は不可

応募方法

◇一人3点(表紙写真も応募する場合は4点)までご応募いただけます。3つの文言に対し1枚ずつ、1つの文言に対し3枚、どちらでも結構です。文言の解説はこちらより
※他のコンテストなどに応募中や応募予定である作品、または過去に入賞した作品は応募できません。
※応募した写真が別の文言で入選する場合もございますので、予めご了承ください。

◇キャビネサイズ(127mm×178mm/2L判に相当)にプリントしたものを、角7封筒等に入れ、宅配便または簡易書留にて当協会までお送りください。

◇データ(メール、CD-R等)では受け付けていません。必ずプリントしてください。

応募票PDFに必要事項を記入の上、作品裏に天地が判るようメンディングテープ等で貼付しご応募ください。

応募作品の返却

応募作品の返却は致しません。審査後、当協会の「個人情報管理規程」に沿って処分致します。

応募締切

2018年8月31日(金)必着

応募先

〒108-0014東京都港区芝4-3-14 公益財団法人 仏教伝道協会
電話03-3455-5851 平日10:00-17:30
※選考経過、審査等に関するお問い合わせにはお答えできません。

審査

当協会審査委員会にて選出。
審査員:石黒健治氏(写真家)・杉全泰氏(写真家)・丸林正則氏(写真家)・金子美智子氏(写真家)

審査員プロフィール

石黒健治 氏(写真家)審査委員長
桑沢デザイン研究所出身。1959年、写真協会新人奨励賞受賞。
主な写真展に『不幸な若者たち』『ナチュラル』『シアター』『琉球弧物語抄』『不思議の国』など。写真集は石黒健治作品集第1巻『広島HIROSHIMA NOW』第2巻『ナチュラルONENESS』第3巻『不思議の国』『健さん』『青春1968』など。そのほか、小説『眠れ海』、ミステリードキュメント『サキエル氏のパスポート』を上梓。また映画『人間蒸発』(今村昌平監督)の撮影担当。『無力の王』(東映セントラル)を監督など、多方面で活躍。
現在、図書新聞に『写真愛』、他に『おいしい劇場』『視点・焦点・合点』などを連載中。

杉全泰 氏(写真家)
1945年福島県生まれ。成蹊大学卒業。写真家石黒健治に師事し75年独立。
人物写真、北欧やアジアの信仰に関する写真を新聞雑誌、単行本、写真展などに発表。長年にわたり、仏教伝道協会の行事を撮影。著書に『坐禅入門』、『北欧の聖美術:フィンランドの神の風光』、『白隠を歩く』、『海を歩いたブッダ:人・もの・遺跡にみる東南アジアの仏教風景』など。

丸林正則 氏(写真家)
1945年愛知県生まれ。高校生時代から写真に興味を持ち始める。明治大学卒業後7年間出版社に勤務。1975年フリーのカメラマンとして独立。以後「大自然の中の小さな詩情」をメインテーマに、花、植物、昆虫、風景などにカメラを向ける。作品は写真誌を中心に雑誌、図鑑、新聞、コマーシャルなどに発表。写真教室講師も多くアマチュアの指導にも積極的に務める。日本自然科学写真協会会員。

金子美智子 氏(写真家)
宮城県仙台市に生まれる。奥日光にて感動の1枚の写真に出会い写真活動に入る。
故秋山庄太郎氏に師事。その後写真事務所設立しフリーカメラマンとなる。現在、自然の色彩の美しさに魅せられ、全国各地を車中泊の旅をしながら、心を癒す四季折々の風景写真と鉄道のある風景写真を撮り続けている。自然風景を中心に企業カレンダー・書籍・雑誌などにて執筆・写真掲載。また、雑誌、鉄道会社のポスター、セミナー写真教室講師、テレビ出演などで活躍。富士フォトサロン・ペンタックスフォーラム・環境省にて写真展開催。著書・写真集に『For you~自然からの音色』『 Forever ~ 時空を越えて』『風景写真のルールブック』。日本写真家協会会員 /日本写真芸術学会会員。
賞金

表紙採用: 賞金10万円×1名
入選: 賞金5万円×31名

※入選報告は電話または郵送にてお知らせします。

入選発表

コンテストの結果は、当協会のホームページ(2018年11月)に掲載します。

入選作品について

◇入選作品は、原版(デジタルデータ)を提出していただきます。返却は致しませんので、コピーを保存してご提出ください。

◇入選作品の著作権は撮影者に、版権は当協会に帰属します。当協会は入選作品を無償で使用する権利を有します。

◇入選作品は主に以下の目的で使用します。当協会刊行の『一日一訓カレンダー』への掲載。新聞・雑誌広告、ポスターなどの印刷物、またホームページなどのwebコンテンツとしての二次利用など。尚、撮影者の氏名を表示する場合がございます。

注意事項

個人・法人が所有・管理、あるいは権利を保有する被写体が含まれる場合、その被写体の権利所有者に承諾をいただいてください。他人の著作権、肖像権等を侵害するような行為が行われた場合、それに関するトラブルの責任は一切負いかねます。また、そのような作品の入選が判明した場合は、入選を取り消しさせていただく場合がございます。また応募作品は応募者本人が撮影し、全ての著作権を有しているものに限ります。他人の名前を使用した場合は失格になります。
入選・落選を問わず、取得した個人情報については、カレンダーフォトコンテストの事業運営およびそれに関わる目的にのみ使用し、他の目的には使用致しません。公益財団法人仏教伝道協会の個人情報の取扱いに関する詳細については、当協会ホームページ「個人情報保護に関する基本方針」、「個人情報の利用目的」をご参照頂きますようお願い申し上げます。

カレンダー31文言の出典と意味

表紙 正しい心の統一 ― 正定

迷いのない清浄なるさとりの境地に入ること。(中村元『広説佛教語大辞典』東京書籍,1975年,p.1109)

仏道(ぶつどう)をならうというは自己(じこ)をならうなり

【出典】道元『正法眼蔵』

仏道を学ぶということは、自己を学ぶことである。(奈良康明『仏教名言辞典』東京書籍,2005年,p.629)

蒔(ま)かぬ種(たね)は生(は)えぬ

【出典】井原西鶴『世間胸算用』

原因のない所に結果はない。何もしないのによい報いを期待してもそれは得られない。
(尚学図書編集『故事俗事ことわざ大辞典』小学館,1989年,p.1062)

玉磨(たまみが)かざれば光(ひかり)なし

【出典】河竹黙阿弥『日本晴伊賀報讐』

宝石も、地から掘り出したままで磨かなければ光を放たない。同じように、人も優秀な素質を持って生まれても、学問や修練を積まなければ大成しないということ。(現代言語研究会『すぐに役立つ故事ことわざ辞典』あすとろ出版,1993年,p.235)

すべてのものは縁(えん)によって生滅(しょうめつ)する

【出典】『仏教聖典』

すべてのものは縁によって生滅するものであるから、有と無とを離れている。愚かな者は、あるいは有と見、あるいは無と見るが、正しい智慧の見るところは、有と無とを離れている。これが中道の正しい見方である。

なせば成(な)る なさねば成(な)らぬ 何事(なにごと)も

【出典】上杉鷹山『上杉家文書』

人間、その気になってやれば、どんなことでもできる。(尚学図書編集『故事俗事ことわざ大辞典』小学館,1989年,p.847)

思(おも)うたことは皆(みな)言(い)うな

【出典】『安芸三津漁民手記』

思ったことを全て口に出してはいけない。

欲(よく)をおさえておのれに克(か)つ

【出典】『仏教聖典』

教えのかなめは心を修めることにある。だから、欲をおさえておのれに克つことに努めなければならない。

慈(いつく)しみの心(こころ) 悲(あわれ)みの心(こころ)

【出典】『仏教聖典』

仏は、冥想に入って静けさと平和を得、あらゆる人びとに対して慈(いつく)しみの心、悲(あわれ)みの心、とらわれのない心を持ち、心のあらゆる汚れを去って、清らかな者だけが持つ喜びを持つ。

知(し)らざるを知(し)らずと為(な)せ 是(こ)れ知(し)るなり

【出典】『論語』

知らないことは、知ったふりをせず知らないとはっきりさせよ。知っていることと知らないことをはっきりさせることが真に知ることである。(尚学図書編集『故事俗事ことわざ大辞典』小学館,1989年,p.597)

平(びょう)常(じょう)心(しん)是(これ)道(どう)

【出典】無門慧開『無門関』

平常の心のままが、悟りの道である。(奈良康明『仏教名言辞典』東京書籍,2005年,p.319)

ことばと行(おこな)いを一致(いっち)させよう

【出典】『仏教聖典』

順調の時も逆境のときも信仰を増し、恥を知り、教えを敬い、言ったとおりに行い、行うとおりに言い、ことばと行いとが一致し、明らかな智慧をもってものを見、心は山のように動かず、ますますさとりへの道に進むことを願う。

迷(まよ)いもさとりも心(こころ)から現(あら)われる

【出典】『仏教聖典』

迷いもさとりも心から現われ、すべてのものは心によって作られる。ちょうど手品師が、いろいろなものを自由に現わすようなものである。
人の心の変化には限りがなく、そのはたらきにも限りがない。汚れた心からは汚れた世界が現われ、清らかな心からは清らかな世界が現われるから、外界の変化にも限りがない。

道(みち)を求(もと)める人(ひと)は 静(しず)かに考(かんが)えて輝(かがや)く

【出典】『仏教聖典』

おのれこそはおのれの主、おのれこそはおのれの頼りである。だから、何よりもまずおのれを抑えなければならない。
おのれを抑えることと、多くしゃべらずにじっと考えることは、あらゆる束縛を断ち切るはじめである。
日は昼に輝き、月は夜照らす。武士は武装をして輝き、道を求める人は、静かに考えて輝く。

成(な)らぬ堪忍(かんにん)するが堪忍(かんにん)

【出典】「やしなひぐさ」

がまんできないところをじっとたえ忍ぶのが本当のがまんというものである。(尚学図書編集『故事俗事ことわざ大辞典』小学館,1989年,p.858)

とらわれない心(こころ)を持(も)つ

【出典】『仏教聖典』

とらわれないとは握りしめないこと、執着しないことである。道を修める者は、死を恐れず、また、生をも願わない。この見方、あの見方と、どのような見方のあとをも追わないのである。

独(どく)生(しょう)独(どく)死(し)独(どっ)去(こ)独(どく)来(らい)

【出典】『無量寿経』

人はこの愛欲の世間にひとりで生まれ、ひとりで死に、ひとりで去り、ひとりで来るのだ。行うところに随って苦しみの人生を得たり、幸福な人生を得たりする。行う者自身がその報いを受けるのであり、代りに受けてくれる者などありはしないのだ。(中村元,早島鏡正,紀野一義『浄土三部経 上』岩波文庫,1968年,p.83)

言(い)うなかれ 今日(こんにち)学(まな)ばずして来日(らいじつ)ありと

【出典】『朱熹─勧学文』

今日学ぼうとしないで明日があるからなどと言ってはならない。(尚学図書編集『故事俗事ことわざ大辞典』小学館,1989年,p.63)

悪(あく)を知(し)らせてくれる人(ひと)に感謝(かんしゃ)する

【出典】『仏教聖典』

悪人と善人の特質はそれぞれ違っている。悪人の特質は、罪を知らず、それをやめようとせず、罪を知らされるのをいやがる。善人の特質は、善悪を知り、悪であることを知ればすぐやめ、悪を知らせてくれる人に感謝する。

過(あやま)ちて改(あらた)めざる これを過(あやま)ちと謂(い)う

【出典】『論語』

人は誰でも過失を犯すもので、この過失をよく改めれば取り返すこともできるが、改めようとしなければ過失は過失のままであり、これこそ真の過失であるというべきだ。(現代言語研究会『すぐに役立つ故事ことわざ辞典』あすとろ出版,1993年,p.23)

心(こころ)に従(したが)わず 心(こころ)の主(あるじ)となれ

【出典】『仏教聖典』

もし心が邪悪に引かれ、欲にとらわれようとするなら、これをおさえなければならない。心に従わず、心の主となれ。

施(ほどこ)しても施(ほどこ)したという思(おも)いを起(お)こさない

【出典】『仏教聖典』

さとりのためには、成しとげ難いことでも成しとげ、忍び難いことでもよく忍び、施し難いものでもよく施す。
日に一粒の米を食べ、燃えさかる火の中に入るならば、必ずさとりを得るだろうという者があれば、そのとおりにすることを少しも辞さない。
しかし、施しても施したという思いを起こさず、ことをなしてもなしたという思いを起こさない。ただそれが賢いことであり正しいことだからするのである。

真理(しんり)は不生(ふしょう)不滅(ふめつ)である

【出典】龍樹『中論』

心の境地が滅したときには、言語の対象もなくなる。真理は生じるものでも滅するものでもなく、実にニルヴァーナのようなものである。(中村元『龍樹』講談社,2002年,p.364)

我(が)というは煩悩(ぼんのう)なり

【出典】『一遍上人語録』

我身(自我執着)こそが煩悩なのである。(奈良康明『仏教名言辞典』東京書籍,2005年,p.721参照)

両(りょう)極端(きょくたん)にとらわれない

【出典】『仏教聖典』

道を修める生活にとって大事なことは、両極端にとらわれず、常に中道を歩むことである。
すべてのものは、生ずることもなく、滅することもなく、きまった性質のないものと知ってとらわれず、自分の行っている善にもとらわれず、すべてのものに縛られてはならない。

人(ひと)生(い)けるとき精進(しょうじん)せよ

【出典】『往生礼讃』

人が生まれて仏道を修めないならば あたかも木に根がないようである
花をとって日中におくならば よくどれほどの時か鮮かであることができようか
人の命もまたこのようである 無常はたちまちの間にある
もろもろの道を修める人たちに勧める 勤め修めてついにさとりに至れよ
(『七祖聖教 中』1965年,本願寺出版協会)

人(ひと)びとの迷(まよ)いには限(かぎ)りがない

【出典】『仏教聖典』

人びとの迷いに限りがないから、仏のはたらきにも限りがなく、人びとの罪の深さに底がないから仏の慈悲にも底がない。

後(ご)生(しょう)大(だい)事(じ)

【出典】「日本永代蔵」

来世での安楽を最も大事にすること。信心を忘れず善行を積むこと。(尚学図書編集『故事俗事ことわざ大辞典』小学館,1989年,p.447)

無常(むじょう)の風(かぜ)は時(とき)を選(えら)ばず

【出典】ことわざ

死は老若にも時節にも関係なく訪れる。人はいつ死ぬか分からないというたとえ。(尚学図書編集『故事俗事ことわざ大辞典』小学館,1989年,p.1111)

眼(め)を開(ひら)けば どこにでも教(おし)えはある

【出典】『仏教聖典』

同じく道を修めても、先にさとる者もあれば、後にさとる者もある。だから、他人が道を得たのを見て、自分がまだ道を得ていないことを悲しむには及ばない。
弓を学ぶのに、最初に当たることが少なくても、学び続けていればついには当たるようになる。また、流れは流れ流れてついには海に入るように、道を修めてやめることが なければ、必ずさとりは得られる。
前に説いたように、眼を開けば、どこにでも教えはある。同様に、さとりへの機縁も、どこにでも現われている。

浅(あさ)き川(かわ)も深(ふか)く渡(わた)れ

【出典】「世話尽」

浅い川でも、深い川の場合と同じように注意して渡れ。小さなことにも油断してはいけないという戒め。(尚学図書編集『故事俗事ことわざ大辞典』小学館,1989年,p.18)

一日(いちにち)を空(むな)しく過(すご)してはならない

【出典】『テーラガーター』

多かろうと少なかろうと、一日(のうちの時間)を、空しく過してはならない。一夜を(無益に)捨てるならば、それだけそなたの生命は減ずるのである。(中村元『仏弟子の告白』岩波文庫,1982年,p.105)


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