『仏教聖典』の由来とあゆみ
財団法人仏教伝道協会が発行する『仏教聖典』は、大正14年(1925年)7月に、木津無庵氏を代表とする新訳仏教聖典普及会から出版された『新訳仏教聖典』をもととしてつくられました。
この初版本編纂にあたっては、山辺習学、赤沼智善の両教授を中心に、広く仏教学界の諸師が監修、編集の労を寄せ、約五年の月日を経て出版されました。
ここに仏教伝道協会は、木津無庵氏をはじめとする、原『新訳仏教聖典』を編纂された諸師に対して、甚深なる感謝と報恩の意を表します。
昭和の時代に入って『国民版仏教聖典』が同普及会で出版され、広く全国に行き渡りました。昭和9年(1934)7月に汎太平洋仏教青年大会が日本で開催されたとき、その記念事業の一つとして、前掲の『国民版仏教聖典』より、英語版仏教聖典 “The Teaching of Buddha”が、D・ゴダード氏の協力を得て全日本仏教青年連盟の手によって刊行されました。
昭和37年(1962)、仏教東漸七十周年を記念して、株式会社ミツトヨ創業者・沼田惠範氏が、同『英訳仏教聖典』を刊行しました。昭和40年(1965)、同氏が浄財を投じて財団法人仏教伝道協会を設立するや、同協会の事業として、この聖典を全世界に普及することが企画されました。
この企画に従って、昭和41年(1966)に、新たに仏教聖典編集のための結集が行われました。メンバーは紀野一義、金岡秀友、石上善應、佐伯真光、松濤弘道、坂東性純、高瀬武三の七氏であり、増谷文雄氏、N・A・ワデル氏、清水俊輔氏などの協力も得て、ここに『日英対訳仏教聖典』が誕生しました。
昭和47年(1972)、この聖典をもとに金岡秀友、石上善應、花山勝友、田村完誓、高瀬武三のスタッフをもって編集作業が進められ、『英文仏教聖典』が刊行されました。
次いで塩入亮達、高瀬武三、立川博、田村完誓、坂東性純、花山勝友(編集責任者)のスタッフによる結集が行われ、昭和48年(1973)『和文仏教聖典』が刊行されました。
更に昭和49年(1974)、『英文仏教聖典』再編集のための結集が、R・スタイナー氏の協力のもとに、松濤弘道、坂東性純、佐伯真光、徳永道雄、田村完誓、花山勝友(編集責任者)によって行われ、先に刊行した『和文仏教聖典』と合せて『和英対照仏教聖典』が刊行されました。
昭和53年(1978)には、鎌田茂雄、奈良康明の両氏を編集スタッフに迎えました。さらに平成13年(2001)には石上善應、奈良康明、松濤弘道、坂東性純、ケネス田中、渡辺章悟、米澤嘉康、前田專學(編集委員長代行)をメンバーとして新たに仏教聖典編集委員会が組織され、現代に即する聖典にするための結集が毎年行われています。






